人間は何のために働くのか


 成果主義の導入の声は医療界においても昨今特にかまびすしいが、批判するわれわれの視点はその問題点の指摘に終始しているように思われる。
 このHPでは、2つの柱から真正面から問題提起を試みたい。1つは「人間は何のために働くのか」、2つ目は企業統治のあり方という視覚から「企業は何のために存在するのか」という視点である。
 私が、見聞きした範囲ではあるが、至言ともいえることばを紹介し、時により若干のコメントを付したい。
 このページでは、標記のテーマをあつかう。


志事をせよ
 
「仕事が義務なら人生は地獄。仕事が楽しみなら人生は極楽」と言ったのはかの有名なロシアの文豪ゴーリキー。
 誰でも自分が好んでやる仕事、楽しみながらやる仕事なら大きな成果も上がり、豊かな人生を送れる。
 しかし、仕事の楽しさは、ただ単に自分の好みや生き方に合っているとか、面白いからということだけではない。
 例えば【商品と話をする】と昔の人は言ったが、商人の仕事の楽しみとは自分で作った商品、仕入れた商品と心を通い合わせる事により生まれてくる。
 単に商品をモノとして扱い、儲けることだけを考えていては、楽しさがわいてくることはない。
 【しごと】には、「死事」・「仕事」・「志事」の3つがある。
 「死事」は、自分の技術や力量を全く生かしきれていない行動、すなわち取引先の役に立ってない事。

 「仕事」は当たり前の事をしているだけで、いつまでも同じことを繰り返していて進歩が見られず、取引先からの苦情などはないこと。
 「志事」は、心のこもった行動で人の役に立っている事をしている。
 勿論、誰もが「死事」を避けようと心がけてはいるが、本当のところは「仕事」の段階で満足してはいないだろうか。
 「しごと」はプロと呼ばれる最高の技量を身につけ、常に心のこもった行動である「志事」を目指すことだ。
 「志事」にまで昇華した時こそ、本当の楽しさが備わってくるに違いない。


「虚妄の成果主義−日本型年功制復活のススメ」高橋伸夫 東大教授 日経BP社
 
「そもそも従業員が辞めたくなるような会社が、望ましい良い会社のわけがない。」p45
 「
経済的苦境に陥ると、現場から遠い経営者ほど、ついつい安易に『切る論理』を探し始める。成果主義も年俸制もそこを流れるものは『切る論理』であろう。」p42
「住宅ローンや自動車ローンも安心して組めないような賃金体系の会社にいて、将来の見通しが立つわけがない。」p51
 「『日本型年功制』に対する不満として挙げられてきたことの多くは、実は制度上の問題ではなく、運用上の問題だったのである。」p53
 「実力のある社員は年功制を嫌がると思われがちだが、それは中途半端な自信過剰人間のことであろう。」p54
 
人は金のために仕事をするのではない。本来、人は面白いから仕事をするのだ。」p30
 
単純な『賃金による動機づけ』は科学的根拠のない迷信である。」p17
 1980年代後半の円高不況の頃にも、再度、能力主義が脚光を浴びた時期があった。どうも能力主義は不況が好きらしい。」p13
 「繰り返し登場するのは、不景気がやってくるたびに、『○○%の低成長経済下で、○○%の右肩上がりの賃金カーブを維持することが難しくなり……』というような理由で賃金制度に手が入れられるという記述である。それは穏やかな滅び方を指南しているようにすらみえる。
 しかもすでに触れたように、こうしたマクロ経済的な発想は、そもそもが間違っている。なぜなら個々の企業の人事制度を論じるために、日本経済全体の成長率を理由にすること自体が間違っているからである。企業によって、成長率は皆違う。
 不況下にあっても高度成長を続ける企業もあれば、あの空前の
バブル景気の最中にあってさえ、赤字を続けて破綻寸前まで行った大企業がいくつもあったではないか(バブルのおかげで命拾いしているが)。個々の企業の人事システムと日本経済の成長率とは関係がない。」p48、49
 「成長率には限界があるが、成長には限界はない」p49
 
金銭的な報酬による動機づけは単なる迷信に過ぎない。」p46、17 
 
仕事の達成感は、仕事それ自体が与えてくれるものなのだ。」p115

松下幸之助 日々のことば」PHP研究所
・発展していく会社は百種百色だが、共通点がある。それはおおむね重点を人に置いているということだ。
・人間は本来働きたいもの。働くことを邪魔しないことが、一番うまい人の使い方である。
・人を使うには、ほめて使う、しかって使う、批判して使うなどいろいろあるが、ほめて使う人が概して成功している。

・仕事は社会に奉仕する使命を果たすと同時に、みずからを磨き高めていく人間形成の場でもある。
・仕事は自分のものではない。世の中にやらせてもらっている仕事である。そこに仕事の意義がある。
・責任が重くなっていくことに生きがいを覚えてこそ人は一人前。

「人を大切にして人を動かす」 テルモ会長 和地 孝 東洋経済新報社

・「社会的な貢献をするという使命感」が、企業にとってもそこで働く人にとっても、最高の目的なのであり、また、企業風土の中核をなすものだ(p13)。
人を動かす手法には経営者の経営思想が現れるものです。
 中には、金銭で動かそうとする人、命令で動かそうとする人、あるいは規律や罰則を厳格にしてルールで動かそうとする人など、様々な経営者がおられるでしょう。
 最近の日本企業で増えているのが、社員の成果によって金銭的なインセンティブを与え、報酬の魅力で人を動かそうというやり方です。これはいわゆるアメリカ式の経営手法を取り入れたもので、バブル経済崩壊後に日本経済が失速し、日本企業の経営者たちが日本的な経営に自信を失うようになってから急速に見られるようになった現象です。
 ところが、人間の欲に訴えるこのような方法には、一見、理があるように思えますが、正直に言って私にはその効果に少々疑問があるのです。

・「人を動かすのに大切なのは、その人の心を動かすことなのだと感じます。(41)
「心に火をつけられた人は、単に指示されて仕事をさせられた場合の何倍ものエネルギーを出します。」「相手の納得のいく説明や行動が欠けていては、その人の心は動きません」 p42
・「顧客志向」が社会的使命感へとつながる(96)。
・顧客志向こそ人にとっても企業にとっても成長の糧となる(9)。
・商品を売るんじゃなくて、自分を売るんだ(161)。
・これからの時代は、人や企業としての意思や志、すなわち「いかに生きるか、何を目指して生きるか」と言う美意識が、重視されるようになると私は考えます(190)。
・「財を為すのは下、業を為すのは中、人を為すのは上」(後藤新平) 「人を育てる」ことの中に、日本企業がこれまで成長してきた理由がある。(150)
「グローバルスタンダード」は、「アングロサクソンスタンダード」であり、「アメリカ式経営」=人をコストと見る経営 「今まで持っていた日本的経営の良さを放棄してしまうのは愚策」(152)



「もっと、病院変わらなくっちゃマニュアル」塩谷泰一坂出市民病院院長 日総研

 いかにすれば、病院職員をして「公共性と経済性」ともに発揮させ、“税の投入”に見合うだけの仕事に熱意と情熱を持って取り組ませることができるのであろうか。つまり、“やる気”の問題である。
 “やる気”を表現する言葉として、「インセンティブ」が使われたり「モチベーション」が用いられるなど、両者が混同して使用されている場合が多い。
 「インセンティブ」とは「刺激」であり、外部からの働きかけによって何らかの反応を起こさせる力と考えることができる。そしてそれは、本来の意図とは異なる現象を回避するために与えられるものでもある。しかし、「インセンティブ」という言葉には金銭的な響きがあり、一般企業ならいざ知らず、専門職種の集合体である白治体病院という知的創造組織にはなじむものではない。また、彼ら知識労働者、外部からの強要や刺激を好まない。つまり、“赤字の解消"という経済性は、“自治体病院にふさわしい医療の遂行という公共性のための「インセンティブ」にはなり得ないのである。
 一方、自治体病院は、高額医療機器を数多く必要とする資本集約的組織であり、かつ、それらを使用する高給スタッフを必要とする労働集約的組織でもある。そのために医療コストは飛躍的に増加し、病院は経済的に成立し得なくなってきた。これは、すべての職員の“知的生産性の向上"でしか食い止めることはできない。その唯一の方法は、「自分は何のために、医師や看護師、あるいは地方公務員になったのか」「白治体病院は、何のために設置・運営されているのか」「自分は何のために、民間病院ではなく、白治体病院に勤務しているのか」など、“何のために?”という根源的な問いかけをすることである。この観点からすると、“やる気"を起こさせるためにふさわしい言葉は「インセンティブ」ではなく、「モチベーション」といえる。